ハロウィンは、もともとはイギリス・ケルト地方で収穫の時期を終えた10月31日を1年の終わりとして、新年を迎える前の厄払いのような感じで続けられていたお祭りです。悪霊を寄せ付けないよう、怖い恰好をして町内を練り歩いていたんだそうです。スピルバーグの映画「E.T.」の大ヒットによって、日本でもハロウィンのお祭りが広く知られるようになり、いつしか日本の季節行事の一つにも成っているようですね。
2016年に“なるほどMC.net”が実施したアンケート調査で、「クリスマスの意味を深く知っている」と答えた人は10%、「なんとなく知っている」と答えた人は19.9%と、以外70%以上の人がクリスマスの意味を「知らない」と回答したことが報告されました。
クリスマス(Christmas)は、Christ(キリスト=メサイア=救世主)+mas(ミサ=礼拝)の二つの単語からなる造語で、直訳すると「キリスト+礼拝」となります。何故この日にキリストを礼拝するのかといえば、この日、12月25日がキリスト・イエスの降誕日と定められていることによります。
ところが、聖書にはキリストの誕生に関する記述はあっても、誕生日に関する記述はありません。分かっているのは、その頃にローマ帝国シリア州総督府による初めての人口調査があったということと、東方から三人の博士が御子を礼拝するために来訪したこと、およそ超新星爆発が確認されたであろうという情報だけです。
こうしたことから、イエス・キリストの誕生日がいつなのかについて、多くの学者が永年研究を続けてきましたが、特定には至りませんでした。
候補日として3月27日や5月20日、10月1日が有力とされますが、そもそも当時は、よほどの貴人でない限り自分の誕生日を知らない人が殆どで、人々の間に記念日として憶えられるのは命日だけだったようです。(誕生日については、周りの大人から「○○年の○○の頃…」みたいに聞かされていたんではなかろうかと言われています(^_^;)
ところで、キリスト・イエスの誕生日を12月25日に定めたのは、AD336年コンスタンティヌス帝統治下のローマ帝国でした。
ローマ帝国は当初キリスト教を迫害していましたが、キリスト教徒が5%を超え始めるこの頃にはその存在を認めざるを得ない状態となっていました。そしてこの約60年後にキリスト教を国教と定め、神聖ローマ帝国として教皇(法王)に皇帝の戴冠を司らせ威信を保とうとするなど、宗教の政治利用を試みます。しかし、帝国は直後東西に分裂。約千年後には完全に崩壊してしまうこととなります。
そうした時代的変遷を迎える少し前のAD336年。太陽神をあがめるミトラ教の「冬至祭り」に、イエス・キリストの降誕日をぶつけ、冬至を境に力を増す太陽をキリストの復活イメージに重ね習合させたのが、現在のクリスマスの始まりと言われます。
ちなみに、“クリスマス・イブ”をクリスマス前日と考えていらっしゃる方があるようですが、“イブ”はイブニングのこと。つまり、“クリスマスの夕べ”ということになります。「え?クリスマスって24日じゃなくて、25日でしょう?」とお思いになった方、それも正解です。どうしてそういうことになるのかというと、当時と現代とでは日付変更のタイミングが異なるためです。
現代を生きる私たちは、午前0時を日付変更のタイミングとしています。しかし、キリスト時代の中東の日付変更のタイミングは日没。つまり、24日の日没から25日クリスマス当日のイブニングが始まるということになるのです。
さて、前置きが長くなりましたが、イエス・キリスト降誕の預言は、聖書の最も古い書物「創世記」に始まり、何度となく旧約聖書に登場します。そうした数千年を超える預言や伝承を経て、いよいよキリストがこの世に降誕したのが今から2020年前のA.D.(Anno Domini=主の年/ラテン語)1年です。それ以前をB.C.(Before Christ=キリスト以前/英語)で数えます。
キリストが降誕した当時のイスラエルは、バビロンの捕囚を経てローマ帝国の植民支配を受け、永く暗い時代を過ごしていました。そんな時代に一筋の光として神様が私たち人間にお与になったプレゼント、それが救い主=御子イエスです。
イエスは人類の一切の罪の身代わりとなって十字架に磔(はりつけ)られ、その血潮を代価として私たちを罪の奴隷から贖(あがな)ってくださいました。つまり、本来、私たちが神様に対して支払うべき負債を、命を賭(と)して肩代わりしてくださった格好です。
※[罪=神様に背を向けた的外れな状態]→[永遠の死]
[贖う=負債を完済して買い戻すこと]→[永遠の命の約束]
これ以上の愛はありません。クリスマスは、そのイエス様の御降誕をお祝いし礼拝するとともに、神様と御子イエス様の私たち一人ひとりへの愛を覚えて、私たち皆が互いに愛をシェアする機会(とき)でもあるのです。
社会福祉法人光の子会が理念としている聖書:エフェソの信徒への手紙5章8節「光の子として歩みなさい」に記される「光」には、キリスト・イエスを象徴する意味があり、イブの夜に灯されるキャンドルや、ツリーの電飾(元はキャンドル)にも込められる思いです。
聖書は、私たちもまた「光となっている」と語ります。光の子会に集う私たち一人ひとりが、子どもも大人も世を照らす“光の子”として歩ませていただきたいと願います。
※12月1日に「ひかりのこニュース第56号」を全国の支援者皆様に向けて発送いたしました。
平素よりの皆様からのお祈り、ご支援に法人役職員一同、心より感謝申し上げます。
支援者の皆様、そして当ブログ読者皆様の上に、神様からクリスマスの祝福が豊かに注がれますよう、お祈り申し上げております。
コロナ禍の冬、どうぞご自愛ください。
Merry Christmas!