ハロウィンは、もともとはイギリス・ケルト地方で収穫の時期を終えた10月31日を1年の終わりとして、新年を迎える前の厄払いのような感じで続けられていたお祭りです。悪霊を寄せ付けないよう、怖い恰好をして町内を練り歩いていたんだそうです。スピルバーグの映画「E.T.」の大ヒットによって、日本でもハロウィンのお祭りが広く知られるようになり、いつしか日本の季節行事の一つにも成っているようですね。
ある年の冬、児童家庭支援センターの外来に小学校5年生男子Aくんの母親が、学校に勧められて来談しました。事前に教頭と担任、養護教諭が来談し学校での様子は伺っていましたが、落ち着きがなく、しょっちゅう離席して他の男子児童を扇動して騒ぐため度々授業が中断。ベテランの女性担任は困り果てており、学校としては発達障害の一つAD/HD(注意欠如多動性障害)を疑っているようでした。
母親は開口一番「家では全く問題はなく、どうして学校の評価が低いのか私には理解できません。なんで私はここに(カウンセリングに)来たんでしょう?」と言いました。そこで、Aくんの心の状態を探るための心理テストを提案し、了承を得て初回面談を終了しました。
次の週、母親とAくんが来談。挨拶を交わし3人でしばらく話した後、Aくんと2人だけでプレイルームへ移動し、心理投影法の一つ「風景構成法」を促しました。というのも、Aくんには相手の目を見てしっかり受け答えのできる注意集中力と高い親和性があり、発達障害やAD/HDとは印象が異なっていたからでした。
Aくんは心理セラピストの教示に素直に従い、一枚の風景画を完成させました。
タイトルは
「夏の思い出」
分析により、
①強い自己中心性
②評価を気にし過ぎる
③退行願望
④寂しい過去
⑤情緒の混乱
⑥場当たり
⑦浅い自我
⑧過去のトラウマ
⑨歪な家族関係
⑩父母に対する両価的な思い
⑪理解できない母に対する戸惑い
⑫展望のできない未来
⑬家族への不全感
⑭家族に関するタブー(禁忌)
⑮解決できない問題
等の情報が得られました。再び母親と面談を行い、心理テストによって得られた情報を一つひとつ解説していくと、母親は思い当たる節を次々と「言ってなかったんですが実は…」と話し始めました。
母親は高校卒業と同時に大手家電メーカーの工場へ就職しました。2年程して成人を迎えた頃に、高校時代の同級生の勧めで同い年の男性(Aくんの父親)と付き合い始めます。彼は無職のスネかじりでしたが、そのことを伏せたまま付き合いを続けました。2年ほどが経過し、母親のお腹にAくんの命が宿ります。それを機に、母親は両親の反対を押し切って駆け落ち同然に結婚。アパートを借り、新婚生活をスタートさせました。しかし、ニートの夫はゲームをするばかりで家事も育児もろくにしようとはせず、夫婦関係は次第に悪化。夫の暴力をきっかけに母はもうすぐ2才になろうとするAくんを連れて実家に逃げ帰りました。それから2年ほどが経過し、2人は正式に離婚しました。
それから4年程が過ぎ、音信不通だった元夫から再び連絡が届きます。母親は元夫の謝罪を受け入れて、実家の両親に隠れるようにしながらAくんを伴って定期的に会うようになりました。時にはAくんにも内緒で。そうするうちに母親のお腹には二人目ができました。母親は再婚を考えましたが、元夫は相変わらずのニート。実家の両親に相談できないまま再婚を諦め、以後も3週間~月1回の頻度で子どもと共に会い続けているということでした。
母親の打ち明け話に『なるほど…』と心理検査の結果に符合する部分を見出しながら、それでもどうしても合点のいかない部分が幾つかあり、母親に次の質問をしました。
<Aくんは、月に1回会っている男の人を自分の父親だと分かっていますか?>
「いえ、父親だとは伝えていないので分かっていないと思います。もしかしたら、薄々気付いているのかもしれませんが…」
<でも父親かどうかは、自分が小さかった頃の写真を見れば解るもんなんじゃないんですか?>
「はい。そう思って別れて実家に戻った時に、写真は全て隠したんです。だから、ハッキリとは分かっていないと思います。」
母親のカウンセリング(心理面接)を2週に一回、本人のプレイセラピー(遊戯心理療法)を2週に一回それぞれ隔週で実施し、2ヶ月を経過したところで心理投影法・診断的箱庭療法をAくんに促しました。
タイトルは
「自然の生き物」
①思春期の入り口に立ち、本音と建て前といった二面性(なりたい自己vs真実の自己)のギャップを意識し始めている。
②自我形成のための精神的基盤となるもの、もしくは成りたいモデルを探している
③奔放な弟に比べ精神的にセンシティヴで弱く、庇護されたい退行願望を秘めている。
④社会に身の置き場がないと感じており、自尊感情がとても低い。
Aくんは、思春期突入を目前にして自身のルーツ(出自)の不明確さから、足を着けるべき「地」のイメージも不明確で、自立への第一歩をどう踏み出してよいか分からないまま心理的に混乱を来していると考えられました。心理的系列性の最初の部分が欠落し、“どこから来て、どこへ行くのか”アイデンティティの自問自答が始められず無意識の思考がループを繰り返してしまう、そんな状態にあろうと想像できました。つまり、Aくん自身にも何故自分がそうしてしまうのか分からない、そんな心理混乱状態にあることを母親に伝え、その上で、Aくんとカラオケに行くなど二人きりの時間を作り、そこで隠していた写真を見せて出自を明らかにし、それらを隠していたことについてAくんに謝罪するよう提案しました。母親はタイミングを見計らって、それから1ヶ月ほど後にそれを実行しました。
その後のカウンセリングで、母親はその日のことを
「写真を見せた時、最初はビックリしていましたが、とっても喜んでいました。もっと早くにこうしてやれば良かったのかなぁと思いました」
と報告。やはりAくんは男性が父親であることを薄々気付いていたようでしたが、かつて結婚していたことを驚いていたようで、それはAくんとのプレイセラピーの中でも本人が、
「結婚してたとか、ビックリした」
と語って聞かせてくれました。
どうやら自分は私生児として生まれたと思い込んでいたようで、そうでなはかったこと、『両親の祝福のうちに、ちゃんと生まれたんだ』という安心がAくんの心の基礎部分にしっかり植え付けられたようでした。その日を境にAくんの問題行動はすっかりなりを潜め、年度末に母親のカウンセリングとAくんのプレイセラピーを終結しました。
年度が明けた大型連休後、新しく異動で同校に着任したAくんの担任(男性)に、その後のAくんの様子を電話で尋ねました。担任教員は前担任から引き継ぎを受けていなかったようで、
「Aくんはクラスのリーダー的存在で、児童会の副会長にも自ら立候補し皆に範を示す、みんなから大変好かれている元気なお子さんです。昨年度そんなことがあったなんて信じられない」
ということでした。もしかすると前担任も養護教諭も教頭も新担任に色眼鏡を掛けさせまいと、敢えてかつて問題児だったことを引き継がなかったのかなと思いました。だとしたら、私は余計な電話を架けてしまったのかもしれません。
子どもの子ども扱いの卒業。それが、子どもが思春期の入り口に立った時に、親が最初にすることの一つなんだろうと思います。