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こころ大福理論⑥第3章-1:被虐待の症状と精神構造

1.被虐待児の症状
 以下に、被虐待児の主な行動面の症状と精神・神経面の症状を記します。虐待を被ることによってこれらの症状が顕在化することは事実ですが、記した症状が全て顕在化する訳ではなく、また、記した症状が一つでも確認されたからといって、直ちに被虐待を示すということでもありません。更に、子どもたちが受けてきた虐待も、受け始めた時期(月齢・年齢)や期間(長さ)、内容や程度(心の傷の深さ)など千差万別で、症状も多種多様な現れ方をします。子どもに以下の症状を見出した場合に何らかのストレスを感じているかトラウマを抱えていると考え、『もしかしたら背景に虐待が潜んでいるかもしれない…』という視点を想起する参考にしていただけたらと考えます。

(1)行動面の症状
・食行動異常
  過食、多食
  異食
  盗食
  食欲不振
  摂食障害(拒食症、過食嘔吐)
・便尿失禁、弄便
・自傷行為
  リストカット
  オーバードーズ(多量服薬)
・緘黙
  場面緘黙
  完全緘黙
・虚言
  自覚のある嘘
  無自覚の嘘(ファンタジー)
・盗癖(盗み、万引き)
・家出、徘徊
・挑発、いじめ、いやがらせ(年下や弱者に向けられるハラスメント)
・他児への暴力
・集団不適応
・落ち着きのなさ、多動
・器物損壊
・だらしなさ
・火遊び、放火
・非行、不良
・性的いやがらせ(セクシャルハラスメント)
・性的逸脱行為(幼児・学童を対象とした性加害、援助交際=売春など)
・自殺企図(首吊り、飛び降り、リストカット、オーバードーズなど)

(2)精神・神経面の症状
・運動発達(発育)の遅れ
・情緒(感情)発達の遅れ
・知的発達の遅れ
・言語発達の遅れ
・抑鬱/鬱病
・感覚過敏
・不眠
  電気を点灯していなければ入眠できない(暗闇にオバケが見える)
  僅かな物音に目を覚まし、深い眠りにつけない
・身体(関節)が硬い
・無表情
・活気がない
・頑固
・気分が変わりやすい
  気分障害(感情障害)
・興奮しやすい(沸点が低い)
・注意集中して物事に取り組むことが難しい
・人との距離がない(適切な対人距離が分からない、保てない)
・大人の顔色を覗う
・パニック(混乱)
・チック症(緊張およびストレスが高まった時に症状化)
  まばたき
  咳き込み
  奇声「オッ」「ウッ」「アー」etc…
  汚言「クソっ!」「ぶっ殺してやる!」「死ね!」etc…
     トゥーレット症候群
  首振り
  唇嘗め
  爪噛み  
・ファンタジー(空想と現実の混同)
・転換症(身体表現性障害=かつてのヒステリー症)、心因性疼痛
  過呼吸症
・不定愁訴
  頭痛
  腹痛
  微熱
  倦怠
・解離症状
  解離性健忘
  解離性遁走
  解離性人格障害
  離人症
・PTSD(心的外傷後ストレス障害)/複雑性PTSD
・確認強迫/強迫神経症
・被害念慮
・現実から遊離した加害者意識
・愛着形成障害
・反応性愛着障害
・反抗挑戦性障害
・反社会性人格障害
・境界性人格障害
・企死念慮

 以上の症状を有する所謂(いわゆる)愛着障害の子どもは前章に記した通り、虐待を被ったことによって人間関係を「支配-被支配」で結ぶものと誤学習させられている場合が多く、その心理治療目標は“愛着を形成”する、或いは壊されてしまった“愛着を再度形成し直す”ことにあります。しかし、愛着未形成もしくは愛着形成不全である場合に、これだけの症状バリエーションが産み出されるとするなら、“愛着”はいったい心の中でどのような役割を果たしているものなのでしょう。次節では、こころ大福をベースモデルとして、フロイトの精神構造図に照らしながら、仮説を組み立ててみたいと思います。

2.被虐待児の精神構造
●心を支える愛着の椎間板

【健康的な精神構造パターン】

 上の図は、フロイトの精神構造図を模式化したもので、いうなればこころ大福の中を透かして覗き見た状態ですが、フロイトの精神構造図を見ても“愛着”がどこに存在するか明記されてはいません。
 上半分が前意識(意識)、下半分が無意識(深層意識)で構成され、真ん中に「自我=エゴ」があり、その左側に前意識と無意識を縦に貫くように「超自我=スーパーエゴ」があります。
「超自我」は、無意識の層から上に向かって順に
 ①「禁止 =○○で、あってはならない」
 ②「倫理観 =○○で、あらねばならない」
 ③「良心・良識=○○で、あるべき」
 ④「道徳観 =○○で、あることが望まれる」
 ⑤「自我理想 =○○で、ありたい」
と並びますが、これらは幼少期から親を中心とした養育者、保育者、教育者他によって心に植え付けられる「心の背骨(backbone)」であると表現することができます。これら超自我が心を強く支配する場合に、自我との間に葛藤が生じますが、その葛藤を中和して折り合いを付ける心的防衛機制(機能)により、私たちの心はバランスを保とうとします。本理論では、この超自我と“愛着”とがセットになっていると考えます。
 ご承知のように、実際の人間の背骨は臼状の骨が幾つも縦に重なって構成されていますが、その一つひとつの骨の間に挟まるように椎間板が連なっています。つまり、図にピンク色で示す椎間板の部分を“愛着”と捉える訳です。弾力があり柔らかく温かい“愛着の椎間板”を随伴する超自我は、自我との間に葛藤が生じる際にも、超自我を与え植え付けてくれた“大好きな人”を『悲しませたくない』、『喜ばせたい』を中心に心的防衛機制を働かせる方向を目論むからです。
 ところが、“愛着”とは異なる椎間板を随伴する形で超自我を植え付けられてきた子どもたちがいます。それが、被虐待児です。

●心を支配する恐怖の椎間板

【虐待者に支配された精神構造パターン】

 このタイプの子どもらの心の背骨を支えるのは“恐怖の椎間板”です。柔軟性に欠け強固で温かみのない、上図左側に黒く示した部分です。
 図に示す通り、恐怖対象(虐待者)が目の前や近くに居る場合、心的防衛機制によって「自我」が強く“抑圧”され「無我」状態(ケースによっては解離)となり、心は「超自我」で一杯になります。虐待者を前に極度の緊張から椎間板は硬化し、虐待者の価値観が全てという状況になる訳です。『自分がどうありたいか』を考える余地は与えられず、虐待者が『何を望んでいるか』を思考することに全神経を集中します。こうした傾向は、虐待の開始時期が幼ければ幼いほど強まるように感じます。上の図は、被虐待児がサバイバーとして生き抜くために、身に付けないではいられなかった精神構造を示していると言えるでしょう。

●消える心の椎間板
 ところで、特殊な場合を除き恐怖対象(虐待者)が365日24時間ずっと子どもと一緒にいる訳ではありません。恐怖対象(虐待者)が近くにいない場面では被虐待児の心がどう変化するのか、それを表したのが下の図です。

【虐待者支配から解放時の精神構造パターン】

 図中に解説の通り、恐怖対象(虐待者)が遠ざかると“自我”が戻ってきます。それと同時に硬化していた椎間板がドロドロに溶け、直立不動に整列していた超自我が秩序を失ってガタガタになります。虐待者の絶対的価値観で構成される「禁止」も「倫理観」も「良心・良識」も「道徳観」も「自我理想」も、どうでもよくなる訳です。更に、強い抑圧から解放された防衛機制が暴走を始めて、気分次第で場当たりに多用されるため一貫性がなく、繰り返される身勝手に周囲は辟易します。このため、同年代の間でいじめの対象となりやすく、仲間外れにされることもしばしばです。但し、相手に強く出られると、手の平を返したように、或いは借りてきた猫のように、あっさりされるがままになったり隷従してしまったりします。これは、相手からの強い攻撃にフラッシュバックを起こすなど解離のスイッチが入ることによって、虐待者に支配された精神構造パターンに容易に戻ってしまうためと考えられます。
 しかしながら、当人にとって無我状態は相当なストレスであるため、次第に同年代集団と距離を置くようになり、よりストレスの低い支配可能な年下集団を居場所にし、自尊感情・自己肯定感(僕・私は強い、僕・私は凄い)の下支えを試みるようになっていきます。しかしここでも、年下・弱者の言動にカッとすることがあると解離のスイッチが入り、虐待者と自身との関係をオーバーラップさせて過度に攻撃してしまう暴力の連鎖を引き起こしがちです。

●心の椎間板を取り替える
 前述した通り“愛着”に支えられない精神構造を生きる子どもに、人間関係は「支配-被支配」以外の何ものでもありません。『勝った(支配した=優)vs負けた(支配された=劣)』の価値基準を生きる子どもの心に、真の意味で“喜び”はありません。というより、知りません。“人から愛される”とはどういうことか、“人を愛する”とはどういうことかを知らず、心の中で“愛”が“喜び”と繋がっていない、これが愛着障害の最も重大な特性と言えます。

 “愛される”とは対象から“徹底して許(赦)されること”。そして“愛する”とは対象を“徹底して許(赦)すこと”と言い換えることができるように思いますが、それを、児童心理治療施設他の心理治療構造の中で限定的に繰り返し体験させることを通して、“恐怖の椎間板”を“愛着の椎間板”へと置き換えることが可能となります。勿論、それは言うほどに容易(たやす)くはありません。一人ひとりにオーダーメイドの心理治療が必要で、その道のりは大変困難であり、長期に渡って関わっていく覚悟が心理治療者に求められます。

園長 山下 学 (臨床心理士) (相談支援専門員)
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