ハロウィンは、もともとはイギリス・ケルト地方で収穫の時期を終えた10月31日を1年の終わりとして、新年を迎える前の厄払いのような感じで続けられていたお祭りです。悪霊を寄せ付けないよう、怖い恰好をして町内を練り歩いていたんだそうです。スピルバーグの映画「E.T.」の大ヒットによって、日本でもハロウィンのお祭りが広く知られるようになり、いつしか日本の季節行事の一つにも成っているようですね。
核兵器の「臨界前実験」という言葉を耳にしたことがあると思います。これは、核分裂の連鎖反応において中性子の生成と消失が均衡状態となる「臨界」の一歩手前で終了する実験のことです。
一方、脳における「臨界期」は、脳の自発的な神経発達に加え、環境や経験、学習に影響を受けて神経回路が活発に変化する時期のことを云います。具体的には主に乳幼児期を指し、6歳頃から減衰しはじめて9歳~12歳で細胞レベルでの脳の成長は完了します。臨界期が終了すると、神経回路のアップデート(組み替え)は起こらなくなると考えられています。
今から100年程前、視覚の臨界期に関する動物実験が行われました。用いられた動物は猿。生まれて間もない猿の赤ちゃんの両瞼(まぶた)を縫合し、眼球が光刺激を受容しない環境下に置いて2週間を経過。その後、縫合を解(ほど)いて眼球に光刺激を与えましたが、この猿は生涯を全盲の猿として生きました。この結果から、生後2週間以内に視神経回路生成の臨界期が終了することが確認されました。
また、近年行われた同じく猿の実験では、生後1ヵ月を過ぎて、見えている両眼の左目の瞼(まぶた)だけを縫合し、1ヵ月間眼球に光刺激を与えないようにして縫合を解くと、出生後間もない頃に造られた左目の視神経回路は使われないで、左目からの信号も右目の視神経回路で処理される変更が起こったことが確認されました。このように臨界期には脳神経の組み替えが活発に行われるのです。
約860億もの神経細胞を有する人間の脳は、3歳で80%、4歳で90%、6歳で95%が出来上がると言われ、乳幼児期の神経生理学的成長がいかに活発で重要であるかを物語っています。
さて、臨界期に関連する実験は他にもあります。ただし、これから紹介する実験は、そもそもが臨界期の研究を意図したものではなく、後世になって臨界期に深く関連していたことが知られるようになったものですが、その舞台は13世紀のヨーロッパであったと伝えられます。
あらましはこうです。
まだ、心理学のような人の成長・発達に関する学問が存在しなかった時代に、ドイツ出身の神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世の思いつきによって行われた実験がありました。それは、『子どもが生まれつき話すのはヘブライ語か、ギリシャ語か、ラテン語か、それとも生みの親の話すドイツ語か』を確かめようとするものでした。捨て子を中心にドイツ国内の新生児十数人を親元から引き離して集め、家来に命じて修道院で面倒を看させました。ただし、実験目的に添って世話係にはある条件が課されました。それは、「決して声を発してはならない」というものでした。命令に従って世話係はただ黙々とミルクを与え、沐浴をし、清潔な衣服に着替えさせることに専念しました。そして、ひたすらに赤ちゃんが最初に発する言葉に耳を傾け続けたのです。しかし、当然のことながら赤ちゃんは泣き続けるばかりで、言葉らしい言葉を発することはありませんでした。やがて泣くことさえしなくなった赤ちゃんは脱水症状を引き起こし、半年の間に全員が絶命してしまいました。勿論、赤ちゃんの死因は感染症などではありませんでした。
結局、実験は大失敗に終わり、当初の目的「人間が最初に発する言語は何か」を知ることは出来ませんでした。栄養が適切に与えられ清潔が保たれた環境の中で、いったい赤ちゃんたちに何が起こったのでしょう。当時はその原因を知るよしもありませんでした。
但し、これは言い伝えで、どこまでが事実か真偽のほどは定かではありませんが、これが実際に起こった出来事だったとしたら、赤ちゃんたちは何故死に絶えてしまったのでしょう。考え得るキーワードは、「基本的信頼(良好な存在証明)」です。
私たちは、持って生まれた原始反射(blog積光成輝・発達16「発達の種(原始反射)」参照)を駆使して外界と繋がりながら様々の発達課題を獲得し、更に深く外界と関わる術(すべ)を身に付けていきます。そして現代の心理学では、乳児期初期に生命の維持に欠かすことの出来ない重要な発達課題のあることが知られています。それが、「基本的信頼(良好な存在証明)の獲得」です。
「基本的信頼(良好な存在証明)」とは、お母さんに抱きしめてもらったり、頬ずりしてもらったり、アイコンタクトや微笑みをもらったり、優しく声掛けてもらったり、おっぱいやミルクを与えてもらったり、オムツを交換し“不快”を取り除いて“快”を与えてもらうこと等により、心の奥深いところに『この世界に生きててもいい』という感覚が刷り込まれることを云います。
先述したドイツの実験で集められた赤ちゃん達は、半年間にこの感覚を心の奥深いところに育てることができなかったと考えられます。つまり、これらの赤ちゃんは「基本的信頼(良好な存在証明)」を得られなかったばかりか、『この世界に生きてはいけない』という「基本的不信(存在不可証明)」ばかりを得てしまったことになる訳です。
この実験を通じ、赤ちゃんたちが命を賭(と)して『基本的信頼(良好な存在証明)を心に刻む臨界期は、生後半年以内だよ』と、私たちに教えてくれているように思います。
以上から、人生をスタートしたばかりの乳児は、ただ身体の栄養さえ与えられれば生きられるというものではなく、心の栄養も生命の維持に欠かせないことがお解りいただけたのではないかと思います。そして、あらゆる分野の成長・発達に多くの臨界期が存在し、乳幼児期でなければ育てられないものがあることもお解りいただけたのではないでしょうか。フィジカル(身体的・生理的)の成長は勿論のこと、メンタル(精神的・心理的)の成長にもしっかり目を留めながら発達支援を行っていく必要を思います。