ハロウィンは、もともとはイギリス・ケルト地方で収穫の時期を終えた10月31日を1年の終わりとして、新年を迎える前の厄払いのような感じで続けられていたお祭りです。悪霊を寄せ付けないよう、怖い恰好をして町内を練り歩いていたんだそうです。スピルバーグの映画「E.T.」の大ヒットによって、日本でもハロウィンのお祭りが広く知られるようになり、いつしか日本の季節行事の一つにも成っているようですね。
今回は少子化問題について考えてみたいと思います。
生物学では弱い生き物ほど沢山の子どもを産むことが知られていますが、私たちに身近な犬や猫で1回の出産に1~12匹、アマガエルで500~1,500個、マンボウに至っては3~7億個の卵を産卵すると言われます。周りに天敵がどれくらいいるかに関係しているんだそうですが、少しでも種(しゅ)の存続可能性を高める為に出生数が遺伝子に組み込まれているのだろうと考えられています。
知り合いに国際飢餓対策機構(NGO)ルワンダ支部で看護師として働く女性がいます。彼女から聴いた話によると、アフリカには多子家庭が多く『命に対する意識が、私たちが思う程には重くないと感じる』ということでした。
どういうことかというと、北半球の先進国に暮らす私たちに“死”は遠い出来事で、親戚の葬儀も数年に1度あるかないか(世代にもよりますが…)なのに対して、ルワンダやソマリアなど南半球の最貧国では、毎日のように“死”に触れることが珍しくないからだそうです。こうした地域の多子家庭では、長男が亡くなっても次男、三男が、娘がいるからと、私たちが思う程には悲しみに暮れることがないと言います。諦めが早く“精神的に強い”のか、“麻痺してる”のか、子どもの何人かが亡くなることは最初から織り込み済みで、私たちとは暮らし振りがあまりに違っていて、命に対する感覚を単純に比較することはできないんだなと思い知らされました。
明治政府の富国強兵政策「産めよ増やせよ」以来、私たちの国でも、かつて多子家庭であることが当たり前の時代がありました。実際、私の父は7人兄姉、母は10人兄姉で、当時はそれが普通でした。母は第9子でしたが、第1子とは20才近くも年が離れていて、祖母は孫33人、曾孫15人、夜叉孫3人に見送られながら97才の生涯を閉じました。
ところで我が国が統計を取り始めた1947(昭和22)年の合計特殊出生率(1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の平均)は4.32人でしたが、昨2021(令和3)年には1.30人にまで減りました。統計を取っている世界208カ国の平均は2.40人で、1位はニジェールの6.8人、2位はソマリアの6.0人、日本は191位で、最下位は韓国の0.9人となっています。また、先進国は軒並み2.0人を割り込んでいて一層の人口減少が進むことが予想されるのに対し、2.2人のインド(101位)は2025年には一国で15億人を超え、現在1位の中国を抜くと推計されています。
と、大変前置きが長くなってしまいましたが、そもそもどうしてこれほどまでに我が国の出生率は落ちてしまったのでしょう?
とはいえ、明治維新以前に3,000万人台だった我が国の人口が、富国強兵政策によって4倍近くにまで膨れ上がり、今減少傾向にあるからとそれを良くないこととは正直思っていません。しかしながら、今回少子化問題を取り上げようと思ったのは、数字に表れている子育てに対するネガティブな感情が世の中に蔓延していることに憂いを抱いたからです。
「子育ては大変だ!」とは、よく言われることです。確かにそうです。私たち夫婦も二人だけだった頃に比べて、子どもが生まれた後の生活は大きく変わり、夫婦それぞれの心も大きく変えられました。正(まさ)しく、大変です。しかし、育児を経験した人生と経験しなかった人生とでは、明らかに前者の方が数倍も数十倍も心豊かであったことを思います。ところが、これから子育てを迎えようとする世代には、あらゆるメディアを通じて子育てのネガティブな側面ばかりが伝わっているように感じられて、子育てによってもたらされる豊かさを『享受しよう』『謳歌しよう』と考える若者が減っていることを思います。
時代が昭和から平成へと遷(うつ)ろう頃、日本の精神医学会では我が国の心ありようを「強迫の時代」と評していました。あれから30年余り、子どもたちは減点教育に育まれ、『満点であらねばならない』『満点であるべき』『満点であることが望ましい』に縛られながら、スポーツ界を除いて多くの若者達が萎縮してきた気がします。敗戦のどん底から這い上がり、復興を果たして国民総生産(GDP)を世界第2位へと押し上げた世代とは、いったい何が違っているのでしょうか。
私が子どもだった時代、豊かさを追い求め働きづめに働いたサラリーマン戦士らによって、我が国の高度経済成長が支えられました。しかし、多くの父親は家庭を顧みず、封建主義的な男尊女卑文化を背景に、子育ては女性(母親)の専売特許であるかのような常識が形成されていきました。これによって子どもが何か問題を起こすと母親が全責任を負わされ、父親は「妻から聞かされていなかった」と宣(のたま)えば世間から赦免される風潮が、確かに昭和の時代にはあったように思います。
その頃に比べれば、平成・令和はイクメンとかイクボスなんて俗語ができる程、男性の育児参加が常識化、常態化しつつあって、随分と母親のストレスは低減してきたようにも思えます。夫婦間のマンパワーバランスだけでなく子育てを取り巻く環境も、昭和に比べれば格段に良くなり便利になっています。例えば紙オムツやベビーカー等のグッズ、幼保無償化や学童保育、高等学校の実質無償化などの政策や制度、育児情報を得るのに充分なスマートフォンに代表される通信機器などなど、昭和世代からすれば羨ましい限りですが、にも関わらず合計特殊出生率が下がる一方なのは、一体何故なんでしょう。
一説には女性の社会進出が進んで活躍の場が拡がり、仕事をライフワークとして生き甲斐にする女性が増えたからと考える向きもありますが、それなら第一線で活躍する女性が皆未婚で出産経験のない者ばかりかというと、そうではありません。
「強迫の時代」は令和の今も続いています。
人は何故、強迫的になるのか?。それは、不安を感じないで済むようにしたいからに他なりません。そのために考え得るあらゆる備えをして、心に『大丈夫』を得ることに躍起になります。どこまですれば『大丈夫』かは人によって異なりますが、そこまでしなくても…と思うほどに徹底し、せずにおれなくなる状態を『強迫観念に支配されている』と言い、このような者の中には強迫神経症や強迫性障害の診断を受ける者もあります。ある精神科のドクターはこうした社会全体の趨勢を「時代がアスペルガー化する」と評しました。そして、事実そのようになったと思います。これは強迫性がアスペルガー症候群(障害)の特性(症状)の一つであることから派生した表現であったと考えられますが、阪神淡路大震災、東日本大震災と福島の原発事故、温暖化進行による各地の豪雨災害、パンデミックによるコロナ禍、更にはウクライナへのロシアの軍事侵攻等を契機としながら社会全体が危機管理を中心に強迫性を強め、有事に備え膨大なマニュアルが作られるようになりました。
何故、読みもしない分厚いマニュアルを作るのか。それは、マニュアルを常備していないと誰かに責められるのではないかという不安からなんだろうと思われます。もしかすると私たちが恐れているのは、同調圧力という同胞からの眼差しの方なのかもしれません。
少子化問題は詰まるところ少母化問題であり、その背景に横たわっている大きな要因が以上に記してきた「強迫」なのだろうと思います。社会に呑み込まれていつの間にか強迫的な生き方をしてしまっているが故に、自分を含めあらゆる備えが整わないと母に成れないと考える者のいる一方で、周囲からの同調圧力に強迫的な育児を強いられるのが厭(いや)で母に成らないことを選択する者もいるのかもしれません。しかし、その何れでもない『備えなんかなくても何とかなる』と成り行きに任せ(委ね)て母と成り、子どもと共に成長する者達(良い意味で強迫から外れている)が存在しているが故に、合計特殊出生率1.30人が維持されているとも言えますが、そうした女性たちは、もはや少数派になってしまったのでしょう。
確かに、無計画に過ぎることは良くないんだろうとは思います。しかし、知って欲しいんです。子育ての素晴らしさと子育てを通して親に与えられる成長があることを。私は、子育てほど人生を豊かにしてくれるものは他に無いと思っています。ただし、これらを得るためには、夫婦が一丸となって生まれ来た子どもにしっかりと向き合うことが求められます。基本、一人で抱えきれるものではありませんから(やむを得ず一人で抱えている方もいらっしゃいますが…)、夫婦が力を合わせて子どもに向き合うならば、必ずや想像していた以上のものが得られることを、是非とも若者には知って欲しいと願います。
本当に、子どもは素晴らしい存在です。夫婦で力を合わせて、同調圧力の強迫観念なんか吹き飛ばして、子育てを、そして人生を楽しんでもらいたいものだと思います。