年度当初に設定した目標を半年で達成してしまう子もいれば、じっくりだけど対人意識がめきめき育って日々の登園が楽しくてたまらない子、発語はまだだけど内言語を豊かに育てて今にも堰(せき)を切ったように喋り出しそうな子と、一人ひとりさまざまにその成長を見せてくれています。今回は、そんな子どもの発達の不思議についてお話しします。
医療の発達、技術の発達、文明の発達など、“発達”という言葉はいろいろな分野で使われます。光の子学園の種別名称は「児童発達支援センター」ですが、療育の分野で“発達”という場合には、人間の身体的・心理(精神)的成長を指します。
コラム「自己治癒力と自己発達力」の記事中で「発達とは発展的に複雑化すること」であると紹介しましたが、専門家の間では「心理(精神)は、螺線状に発達する」と言われています。これは、私のこれまでの臨床感覚にもあるもので、発達は単純に右肩上がりに伸びていくものではなく、節目節目に一定期間“停滞”する時期のあることを経験してきました。二十五年間チームを組んだ児童精神科のドクターは、この“停滞”を「しゃがみ」と呼びました。
どういうことかというと、でき始めていたことをある日突然しなくなったり、できても時間が掛かったり、状態が悪化して成長が止まったか後戻りしてしまったかのように見える、そんな時期のことです。この時、保護者や支援者は不安を抱きますが、そんな保護者からの質問にドクターは「誰だって、ジャンプする前には、より高く跳ぼうとしゃがむでしょう?」と答えました。そうして、しばらくして確かに発達はジャンプするように次の段階(ステージ)へと向かうのです。私も若い頃、支援者・治療者として何度となくこうした経験をし、『あの停滞はいったい何だったんだろう…』としばしば思わされました。この記事を読んでおられる方の中にも、思い当たる節のある方がいらっしゃるかもしれませんね。
つまり、発達の螺線は、一般の螺線階段のように上へ上へと上昇するイメージではなく、図に示すように上り下りする螺線で、期間の長短はあれ、どんな子どもにも共通して見られる特徴です。発達の節目に差し掛かる度に下りの時期が訪れ、周囲からは“停滞”しているように見える、それをドクターが「しゃがみ」と呼んだわけです。
一度上がって、下がる。下がると周囲には落ちてしまったかのように思えて不安でいっぱいになったりしますが、前回の発達の節目で下がった時に比べれば、確実にそれよりは上の段階に位置しています。
では、この“停滞期”“しゃがみ期”に、子どもの中では何が起こっているのでしょう。それは、今いる発達段階(ステージ)の足固め・基礎固めではないかと考えられます。
光の子学園で四十年以上前から療育に用いているものの一つに、ポーテージ・プログラムがあります。これはもともとアメリカ・ミシガン州のポーテージ市で、乳幼児期の保護者を療育者として育成することを目的に開発されたものですが、領域ごとに細かく発達課題が設定され、取り組みのヒントも記されています。勿論、学園ではプログラムをそのままに使用しているわけではなく、独自に課題分析を行って一人ひとりオーダーメイドの個別支援計画を作成・実施しています。獲得できている課題、これから獲得するであろう課題を年間を通じてチェックする中で、子どもによって、ある領域の系列に一段跳び二段跳びで獲得されている課題があり、それより下位の、いわゆる“積み残し”があぶり出されていきます。子どもはそうした積み残しをそのままにして次の段階(ステージ)に進めないことを本能的に感じ取っていて、“停滞期”に密かに“積み残し”課題に向き合うと考えられます。
ポーテージプログラム
発達領域と発達課題
また、この他にも例えば脳の運動性言語野 、聴覚・感覚性言語野 (左側頭葉)に隣接する右手指の運動野を活性化することで言語野が刺激され、言語発達が促進されることも分かっていて、言語と一見無関係な領域の活動が、実は言語発達に欠かせない要因となっている場合だってあります。そういう意味では、次なるステージに向かう準備として、現ステージ(発達段階)を仕上げるために関連領域に発達の力点をシフトさせるのが“停滞期”の正体ではないか、という気もします。つまり、何が言いたいかというと、ただ“停滞”しているのではなく、人知れず積み残した課題に取り組んだり、新しく獲得しつつある課題に必要なベース(基礎)を育んでいる。”しゃがむ”ことによってバネのようにエネルギーを蓄えていると考えることができるのです。
もしも、我が子の心理発達の成長に“停滞”を感じられた時には、『発達の節を次の段階(ステージ)へジャンプしようとする質的転換の前触れかもしれない』と思って、注目してみてください。
園長
(臨床心理士)
山下 学